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★★ 写真とは ★★ 2002年12月8日

 最近「“良い写真”を撮りたい」という意識を持ってカメラを持ち歩くようになったが、どうすればよいのか、自分なりに考えてみた。

 写真とは、「レンズで見たあるフレームのある瞬間を取込むこと」であり、さらに「その作品を他者に見せること」である。
 レンズの目は人間の目とはかなり異なる。人間の目は視野角 °程度の超広角であり、焦点距離は固定であること。二つの目を使って立体で見ていること。ほぼパンフォーカス(近くから無限遠までピントがあう)の形で見ており、極端な近視や遠視でない限り、ボケた状態を認識することはない。また、結像面が凹面であり、脳による補正もなされるため歪の無い像として認識している。これに対し、レンズで見たあるフレームとは、焦点距離により、広角であったり望遠であったりするが、ある程度限られた狭いフレーム範囲が対象であり、レンズの口径(明るさ)と絞り設定により被写界深度(ピントの合う範囲)が決まる。露出設定により、明るくしたり暗くしたり出来る。このため、目で見てすばらしいと思ったが、写真に撮ってみるとつまらない。とか、逆に写真にしてみるとすばらしいということもある。

 ある瞬間とは、シャッターチャンスである。写真は動画を記録するビデオや、常に動画として見ている人間の目と異なり、数秒から数千分の1秒の瞬間を切り取った静止画である。

 その作品を他者に見せることとは、写真展に出展したり、家族や友人にみせたり、ホームページに載せたりすることであり非常に重要な要素である。他者に見せるときに喜びを感じて「良い写真」を撮ろうとする次への意欲が湧くものである。もし誰にも見られなかったら、写真の価値も意味も何も無い。

 では、「良い写真」とは、どんな写真だろうか。この定義は人それぞれで異なるが、ここでは写真コンテストで入賞するような写真ということにしておこう。それは「多くの人に感動を与える写真」と言えよう。感動は@「美しい」とかA「珍しい」に対して感じるものである。美しさは、みんながいつも見ている美しさでは感動しないもの。花を撮る場合も、人間の目で見たままではあまり感動はない。そこでレンズ独特の目を使う。レンズ独特の目で見れば、同じ花でも、邪魔な背景はぼかして花だけを強調したり、周囲の邪魔なものはフレームからはずしたり、ぐっとアップにして人の目ではよく見えない細かい部分を表現したり、美しい色を取り込んだり、そしてバランスの良い心地よい構図に仕上げる。そうすれば、人の目と全く異なった、人が通常見る事ができない美しさを表現出来る。「珍しい」とは、めったに見ることができない物、動物、自然現象である。単なる風景より、そこに虹があれば、あるいは真っ赤な夕焼けの風景なら感動するだろう。花屋さんで売っている花より高山植物の花。動物園の猿より自然の森の猿。近くでは観察できない野鳥など。よく見る犬や猫でも面白い仕草。そして報道写真にあるような事件・事故の決定的瞬間など。これらは皆、普段の生活ではあまり見ることができないAの「珍しい」物や瞬間なのである。これらが@の「美しさ」を伴えば最高の写真ということになるだろう。

 「良い写真」はそう簡単に撮れるものではない。自分自身まだ未熟で当然ではあるが、この1年で数千枚の写真を撮り、駄作をホームページに載せたりしたが、コンテストに出せそうな作品は1枚も無かった。被写体のフレームと瞬間を求めて常に注意して探しまわらなければ見つからない。単に探すだけでは駄目で、その被写体をカメラのどんな条件で捕らえたら、どんな画像になるかのシミュレーションを頭の中でやれなければ探せない。それには、カメラ、光学系の技術的知識と、膨大な経験が必要である。そして、被写体そのものの性質も知らなければならない。花を撮るなら、その花が何時何処で咲くのか、朝開くのか夕方開くのか、日差しがどの方向から差すと美しく見えるのか。山を撮るなら、どの山を撮るのか、その山は季節によりどう変わるのか、何月何日頃のどんな天候で何時頃が良いのか等。どの時点でどんな状態になるかの予測能力が重要で、予測したベストコンディションを待ち、瞬間を捕らえてシャッターを押す。当然ながら、カメラの操作技術、レンズの選択、フィルムの選択、露出の決定なども伴わなければならない。これだけのことをやるには相当な時間と金がかかりそうである。自分は遊びに行ったついでに写真を撮っているので、良い被写体に出会うには偶然に頼るしかない。う〜む、これが写真経験1年そこそこの初心者とプロの違いか・・・・。

 定年になれば、金は無くても時間だけはできるだろうから、プロの真似はできないが、偶然でも、偶然のチャンスを逃さないよう多少ながら向上を目指して楽しんでいきたいものである。

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